2022 FIFAワールドカップ出場国について調べよう~ベルギー編~

こんにちは、家庭教師みつけ~るの服部(ふくべ)です。今年はワールドカップイヤーですね。SAMURAI BLUEの活躍が楽しみです!
ところでワールドカップには様々な国が出てきますね。良い機会なので、全部で32国の歴史などを学んでいきたいと思います。

今回は、グループFのベルギーについて紹介していきたいと思います。

ベルギーの基本情報

公用語フラマン語(オランダ語)・フランス語・ドイツ語
首都ブリュッセル
面積3.05万km²
人口約1,149万人
通貨ユーロ
宗教キリスト教カトリック
政治体制立憲君主制

ベルギー王国は西ヨーロッパに位置していて、オランダ、ドイツ、フランス、ルクセンブルクと国境を接し、北西部は北海に面しています。
気候は温帯ですが、30度を超えることはまれで過ごしやすいです。
干拓で拡げられた北部の平野部と、アルデンヌ高地に代表される丘や山の多い南部とに別れているのが特徴で、農業や酪農が盛んに行われています。

首都・ブリュッセルは19の自治体によって構成されており、その一つを担うブリュッセル市がベルギーの憲法上の首都となっています。EUの主要機関も多く置かれていて、国際政治にとっても重要な都市となっています。
ブリュッセルには歴史的な建物が多く立ち並び、世界遺産に登録されているグラン・プラスは詩人のヴィクトル・ユーゴーに「世界で最も美しい広場」と評価され、観光客が絶えることがありません。

ベルギーの政治体制は立憲君主制で、国家元首は国王です。国王に議会とともに立法権を使用し、憲法に基づいて行政権を用います。議会は二院制で、上院は間接選挙によって選ばれた50名と、これによって選ばれた議員によって指名された10人で構成されるという特徴があります。

主要な産業は化学工業、機械工業、金属工業、食品加工業などです。
工業は原材料を他国から輸入し、ベルギー国内で加工し再び輸出するという加工工業が中心となっています。

ベルギーの歴史

紀元前から古代

旧石器時代ごろに農業と漁業で生活する人々があらわれ、新石器時代には中央ヨーロッパの人々が流入し、農業、牧畜、交易などで栄えました。
紀元前58年に始まったガリア戦争により、ベルギーの地はローマの属州に組み込まれ、ローマの影響のもとに繁栄していきます。3世紀になるとフランク族が侵入し、ベルギー北部はゲルマン人が、南部はラテン系の人々が住む地となりました。

分裂と支配

481年に成立したメロヴィング朝はローマを排除し、自らの支配を確立します。内部対立によってメロヴィング朝が衰えると、今度はフランク王国に征服されます。843年にヴェルダン条約によってフランク王国が3つに分割されると、ベルギーはロタリンギアという国に含まれることになりました。そのロタリンギアも870年のメルセン条約によって東西フランク国に分断され、ベルギーは分裂してしまいます。
1384年にベルギー一帯を治めていたフランドル伯爵が亡くなると、ベルギーの地はブルゴーニュ公国に取り込まれます。今度はブルゴーニュ公国がハプスブルク家との婚姻により神聖ローマ帝国に取り込まれると、1548年に神聖ローマ帝国から自立したネーデルラント17州として統一されます。
1568年に八十年戦争が起こると、ベルギーはゲルマン系(北)とラテン系(南)に南北で別れ、1648年のヴァストファーレン条約によって、北部はネーデルラント連邦共和国として、南部はスペイン領南ネーデルラントとなります。

独立へ

1714年に起こったスペイン継承戦争の結果、南ネーデルラントはオーストリアに併合されます。1789年にブラバント革命によってベルギー合衆国ができますが、短期間でオーストリアに滅ぼされてしまい、オーストリア領ネーデルラントのままになりました。1795年にはフランス軍に征服されてしまいます。
ナポレオン戦争が終わると1815年のウィーン議定書にて、オランダとともにネーデルラント連合王国となります。しかし、長年に渡って続いてきた南北の人々の対立は根深いものがあり、1830年に南ネーデルラントはベルギーとして独立しました。

現代への歩み

1820年代になると、ベルギーは産業革命を迎えます。充実した重工業によってもたらされた経済力を背景に、学業の充実や選挙制度の導入が進みます。
第一次世界大戦では国王アルベール1世の指導により、辛うじてドイツの侵略に耐えたものの、第二次世界大戦ではドイツに占領されてしまいます。この時に国王レオポルド3世が無断でドイツに降伏したのが問題となり、1950年に国民投票によって、国王がボードゥアン1世に変わりました。
現在は欧州が一つになるための中心地として重要な役割を果たしています。

日本とベルギーの関係

ベルギーと日本の国交が正式に樹立されたのは、1866年に日ベルギー修好通商航海条約が締結されたときです。第二次世界大戦中に一時断絶するものの後に回復し、以来友好な関係を築いています。

政治関係

2014年に安倍晋三総理がベルギーを訪問、また2015年にはミシェル首相が来日し、日・ベルギー首脳会談が行われています。
2017年、2022年にも総理大臣が訪れており、関係強化の動きが高まっていると言えるでしょう。

ベルギー王室と皇室の交流も深く、1971年に行われた戦後初の昭和天皇の欧州訪問は、ボードゥアン1世からの招待がきっかけで行われました。

1999年には皇太子同妃両殿下がベルギーを訪問、2012年にはフィリップ皇太子同妃両殿下が来日しています。両陛下は2019年10月に行われた即位礼正殿の儀にも参列されました。

経済関係

ベルギーの主要な貿易相手国は欧州諸国であり、貿易収支において日本との貿易が占める割合は大きくありません。
日本はベルギーに自動車をはじめとする輸送用機器、機械類、化学製品などを輸出しています。
ベルギーは日本に医薬品を始めとする化学製品、食料品、輸送用機器を輸出しています。
ベルギーはチョコレートで有名な国でもあり、日本でもゴディバ、ピエール・マルコリーニなどが人気を集めています。
貿易収支は日本の黒字ですが、ほぼ均衡しています。

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