2022 FIFAワールドカップ出場国について調べよう~アルゼンチン編~

こんにちは、家庭教師みつけ~るの服部(ふくべ)です。今年はワールドカップイヤーですね。SAMURAI BLUEの活躍が楽しみです!
ところでワールドカップには様々な国が出てきますね。良い機会なので、全部で32国の歴史などを学んでいきたいと思います。

今回は、グループCのアルゼンチンについて紹介していきたいと思います。

アルゼンチンの基本情報

公用語スペイン語
首都ブエノスアイレス
面積278万km²
人口約4,538万人
通貨ペソ
宗教キリスト教(カトリック)
政治体制立憲共和制

アルゼンチン共和国は南大陸に位置しています。チリ、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイ、ボリビアと国境を接し、東側と南側はそれぞれ大西洋に面しています。
南北に長い国で、亜熱帯気候から寒冷気域まで幅広い気候がみられます。夏は非常に暑いものの冬になると積雪が見られ、南部や山間部ではスキーが盛んなほど積ります。

首都・ブエノスアイレスは人口1500万人を有する大都市です。「南米のパリ」と呼ばれるほど美しい景観を保ち、建国以来文化・経済の中心地として栄えています。
南部に位置するプンタ・トンボはペンギンの一大繁殖地として知られ、観光客に人気のスポットとなっています。

政治体制は立憲共和政で、国家元首は大統領です。大統領は国民による直接選挙によって選ばれ、2007年には選挙による初の女性大統領が誕生しています。
議会は上院・下院によって構成される二院制を採っています。

主要な産業は農業(油糧種子・穀物)、放牧(牛肉)、食品加工、自動車産業などです。
アンデス山脈近郊で収穫されるブドウを用いたワインも有名です。
また、パタゴニア油田から採取される原油の輸出も盛んです。

サッカー大国としても知られており、ディエゴ・マラドーナやリオネル・メッシなど、世界屈指のプレーヤーを排出しています。

アルゼンチンの歴史

古代

紀元前11000年前、ベーリング海を渡って入植してきた人々がアルゼンチンの地に定住したのが始まりと考えられています。彼らが作ったとされる「手の洞窟」は、世界遺産に登録されています。
古代のアルゼンチンの地には様々な民族が生活していたと考えられていますが、小さなコミュニティであり、人口はそこまで多くなかったと考えられています。

中世

1438年にインカ帝国が領土拡大をはかり、アルゼンチンに進出してきます。
1516年にスペイン人に発見されると、1536年にヌエストラ・セニョーラ・サンタ・マリア・デ・ラ・ブエン・アイレ(現在のブエノスアイレス)が入植地として建設され、スペイン人による支配が開始されました。

独立への動き

19世紀に入りスペイン本国との関係性が悪化し始めると、アメリカ独立戦争の影響を受けて独立への機運が高まります。1810年の五月革命を皮切りにアルゼンチン独立戦争へと発展、1816年に独立を宣言しました。しかしながら、都市圏と農村圏の対立や民族間の対立など内政は混乱状態であり、国土の統一・文化の統一が課題となりました。

近代

独立を果たした後のアルゼンチンは、隣国のブラジルと競争を繰り広げたりヨーロッパからの移民を積極的に受け入れたりしながら近代化を進め、豊かな国に成長していきます。
しかし世界恐慌で経済が一気に落ち込むと、軍事政権の誕生や不正選挙などが横行し、混乱の時代を過ごします。
第二次世界大戦では枢軸国に友好的な中立を保つ国として立ち回り、大きな被害を受けることはありませんでした。

現在のアルゼンチンへ

アルゼンチンの大きな転換点となったのは、1982年に起こったフォークランド紛争でした。フォークランド紛争はガルティエリ大統領ら軍事政権が採った施策であり、イギリスが実行支配していたフォークランド諸島に対して失われた国土を取り返すことを名目に行われました。紛争はイギリスが勝利し、軍事政権は崩壊します。
これ以降、民主的な選挙によって大統領と議会が選任されるようになり、民主的な国へと歩みを進めるようになりました。

日本とアルゼンチンの関係

アルゼンチンと日本の国交は、1898年2月に修好通商航海条約を締結したことをきっかけに始まりました。
第二次世界大戦中に一時途絶えるものの、サンフランシスコ平和条約の締結により再開されました。フォークランド紛争の時期は関係が停滞ぎみでしたが、それ以外の時期は友好な関係を保っています。

アルゼンチンは日露戦争の際に観戦武官を派遣するなど戦前は海軍との結びつきが強く、現在でも海上自衛隊との交流が盛んです。
19世紀に移民が始まり、現在約6万5000人の日系人が生活しています。ブエノスアイレスには日本庭園もあり、文化の交流をうかがうことができます。

政治関係

1963年に移住協定、1967年に友好通商航海条約、1981年に技術協力協定と文化協定を結ぶなど、関係の緊密化が図られています。

日亜修好100周年を迎えた1998年には秋篠宮殿下の名を冠した「秋篠宮文庫」が創設され、多くの図書が寄贈されました。

2016年から2019年の間に日本の安部総理とアルゼンチンのマリク大統領が4年連続で互いに訪問するなど、強い信頼関係を結んでいます。

日本はアルゼンチンに対して積極的な援助を行っており、イタリア・ドイツ・フランスに次いで4番目の経済援助国となっています。

経済関係

日本はアルゼンチンに自動車部品、原動機、自動車、有機化合物などを輸出しています。
アルゼンチンは日本に魚介類、アルミニウム及び同合金、果実、こうりゃん(飼料用)などを輸出しています。
貿易収支は日本の貿易黒字となっています。

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